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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3093号 判決

原告

大和工業株式会社

右代表者

屋成健吾

右訴訟代理人

水野謙丸

外三名

被告

手塚治

右訴訟代理人

工藤舜達

外一名

被告

今井義章

右訴訟代理人

河合弘之

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者等の地位)

原告は、製本を業とする会社であり、訴外虫プロ商事株式会社(以下「訴外会社」という。)は、被告手塚治(以下「被告手塚」という。)の作品の商品化等を目差し、昭和四一年七月二七日、資本金一〇〇〇万円をもつて設立されたテレビ用及び劇場用映画の製作並びに販売、出版物の製作、販売等を業とする会社であるが、被告手塚は、鉄腕アトムを代表作とし、ジャングル大帝、リボンの騎士等の子供向け漫画のほか大人向け漫画を含む多数の作品を世に送つている斯界一流の作家で、訴外会社の設立と同時にその取締役に就任し、昭和四五年七月二〇日以降はその代表取締役の地位にあつた者であり、被告今井義章(以下「被告今井」という。)は、訴外会社の設立と同時にその代表取締役に就任し、前同日以降その取締役の地位にあつた者である。

2(訴外会社の倒産の経緯)〈省略〉

3(訴外会社、加藤間の債権譲渡)

被告両名及び訴外会社取締役出版部長である訴外清野正信は、昭和四七年九月二三日訴外会社の有する売掛金債権を加藤印刷所に対し譲渡することを決定し、同日、訴外会社名義の債権内容白地の譲渡契約書及び日付等白地の複数の債権譲渡通知書を作成してこれらを加藤に交付した。加藤は、訴外会社が不渡を出した昭和四八年八月七日、右債権譲渡通知書を用い、訴外会社が訴外東京出版販売株式会社及び訴外日本出版株式会社に対する各金一億円の、訴外株式会社大阪屋、訴外株式会社中央社、訴外株式会社太洋社、訴外株式会社粟田書店及び訴外協和出版販売株式会社に対する各金五〇〇〇万円の各売掛債権をいずれも加藤印刷所に譲渡した旨、債権の内容・金額欄の記載を補充して各債権譲渡通知書を完成させ、同日付をもつてこれらを各会社宛に発送した。〈以下、事実省略〉

理由

一(当事者等の地位について)

請求原因1記載の事実(当事者等の地位)は、当事者間に争いがない。

二(訴外会社の倒産の経緯)

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  訴外会社は、昭和四一年七月二七日、訴外株式会社虫プロダクションの経営の行き詰まりを打解するため、同社の営業目的のうち漫画等の製作部門を除いたその余の部門(版権、出版部門等)を分離独立させ、かつ虫プロダクションの負債を引き継がせて処理する目的をもつて設立され、設立当初から右の引継負債一億五〇〇〇万円を抱え、多角経営による利益の確保を使命として出発したが、その営業努力により、設立第三期の昭和四四年五月の決算時には、従来の負債を解消して僅かながらも純利益を計上することができた。

2  訴外会社は、その後出版業務中心の体制を更におし進めることになり、月刊「COM」と少女向け雑誌「ファニー」及び単行本シリーズ「虫コミックス」を中心に企業の安定化を図ろうとしたが、編集長が交通事故に遭つたことが災いして「ファニー」の出版が失敗に帰し、遂に同誌は廃刊に追い込まれ、これに伴う編集部門の余剰人員の整理の一環として希望退職者を募つたところ、これが昭和四五年五月上旬から六月中旬にかけて激しい労使紛争を招き、業務も停止状態となつたため、多大の損失を蒙るに至つた。労使間の紛争は同年六月一五日一応解決したが、この間の経営上の責任を負つて代表取締役は被告今井から被告手塚に交代し、訴外会社は新しい体制のもとで再び「COM」及び「虫コミックス」等の出版を中心とする業務を再開したが、前記争議期間中の業務停止、従業員・役員等の人事面における激動等が重なつて、営業面にも悪影響が及び、返品も増大して在庫滞貨が増える一方となり、これが倉庫料にも反映して経費の増大を招き、赤字を出すに至つたが、この時は債権者の協力を得て一応乗り切ることができた。

3  昭和四六年二月ころ、訴外西崎義展が訴外会社の企画制作部長となつて被告手塚の個人マネージャーと称し、事実上の社長代理となつて短期間に訴外会社の実権を握り、出版拡大方針をとつて人員を増加し、訴外会社の組織の統制化、原価計算の不合理な点の改善等を計つたが、同人が被告手塚と個人的契約を交して個人的収入を得ていたこと及び性急な改革を志す余りいわば専制状態となつたこと等が原因で、社内外の支持を得るに至らなかつた。そして、同年五月ころには訴外会社の資金繰りが再び苦しくなり、一部の取引業者からは取引を停止され、出版原価の約五割を占める用紙についても現金買入しか認められない状況となつてますます経営が圧迫され、同年九月発刊の幼児向け月刊誌「れお」の売行不振等がこれに追討ちをかけ、さらにこの窮状に乗じた一部業者から手形取引を条件に不当な高価買入を強いられ、また従業員の出勤状況も乱れがちとなり、外部との取引交渉にあたる一部従業員が私利を図る等の無責任な状態がみられたほか、西崎と編集部との対立も表面化して、業務の運営は円滑を欠く状態になつた。

4  昭和四六年一二月ころになつて、同年三月発刊の月刊漫画誌「ベストコミック」、同年八月刊行の大人の絵本「性蝕記」、同年九月発刊の幼年向け雑誌「れお」の返品率が六割から七割に達し、その刊行の失敗が決定的となり、訴外会社は経営上極度に困難な状態に陥り、役員間には内部抗争が発生し、また当時四〇名ほどの従業員により結成された労働組合の諸要求にも対応を迫られる状況となつた。そこで、訴外会社は、この資金上の困難を打開すべく、昭和四七年一月末日までに被告手塚から三〇〇〇万円を、銀行関係から七〇〇〇万円を借り入れて二月に内整理を行い、代表者を交替して難局を乗り切るとの方針を立てたが、被告手塚からの融資は一月末で一五〇〇万円にとどまり、銀行融資も一五〇〇万円しか得られなかつたため、内整理の計画は崩れ、準備された資金は当面の資金繰りに消えた。

5  以上のように、訴外会社においては、昭和四六年一二月以来の役員間の内部抗争や労組問題、内整理計画の挫折等によつて現場三役員のうち経理部長が昭和四七年二月に、営業部長が三月に相次いで退職の意向を示し、業務は停滞する一方となつたが、一応三月の時点では三役員は事務引継のため嘱託として留まり、経理部長は五月の決算まで責任を持つことになつたものの、三役員はもはやいずれも経営意欲を失い、労組執行部に対し経営上の問題を一任する旨の申入れをし、以後労組と役員会とが共同して当面の手形書換作業に奔走するとともに、四月に内整理を行うことを計画してその準備に当つた。

6  昭和四七年四月一四日、当時負債総額約三億一〇〇〇万円(うち手形分約一億八〇〇〇万円)を抱えて、第一回の債権者集会が開かれ、その席上再建に賛成の決議がなされるとともに、債権者委員会が発足し、委員長に訴外図書印刷株式会社が選任されたが、事実上は訴外株式会社加藤印刷所が委員長代行となり、その他に原告、訴外株式会社東陽印刷所、訴外恒和商事外数社が委員に選任され、その後数回にわたつて債権者委員会及び債権者集会が開かれた結果、同年五月から六月にかけて次の事項が決定された。

(一)  負債は棚上げとせず、手形書換を継続することによつて支払期日を延期する。書換手形の期限は三カ月を原則とする。

(二)  日歩三銭の金利を手形金額に加えて書き換える。

(三)  代表取締役被告手塚は、経営を委員会に委ねて自らは原稿の作成に専念し、印税収入を委員会に入金する。

(四)  今後の取引は、現金又は廻し手形による。

7  訴外会社は右内整理以後債権者委員会の管理のもとに経営を続けたが、昭和四七年四月一四日の第一回債権者集会の前後に訴外凸版印刷株式会社、訴外株式会社富士アドシステムが抜けがけ的に債権回収を計り、被告手塚が個人保証する等して事態の収拾に当つたため、これらの動きを知つた他の債権者の中に手形書換に応じない者が現われる一方、内整理以後の新規取引が現金又は廻し手形に限定されたため資金繰りは窮迫を極め、また出版営業自体も伸び悩みの状態を続け、内整理時四〇名居た従業員も昭和四七年一二月には一八名に減つた。

8  昭和四八年に入り、出版体制の建て直しを図るべく月刊誌「ファニー」の再刊、「COM」の復刊等新規出版の計画を立て、二月から実行に移し、これらは一応の成功を収め、取次店の信用を回復するとともに、毎月の売上げも二〇〇〇万円から三〇〇〇万円と上昇し、出版事業そのものは見通しも立つたが、売掛金の回収は原則として四カ月決済となつていたため、現金の入金は少なく、債権者への一部配当を行つたこと等の事情も加わつて資金繰りそのものは益々悪化の一途を辿り、折悪しく政府の金融引締め方針の時期ともぶつかつたことも影響して遂に延命不能の事態となり、昭和四八年八月七日に第一回、同月一八日に第二回の手形不渡を出して、同月二二日銀行取引停止処分を受け、その後同年一〇月三〇日訴外安藤製本株式会社他一七名の債権者によつて破産申立が行われ、昭和四九年一月二九日午後一時東京地方裁判所により破産宣告がなされた。

三(訴外会社、加藤間の債務譲渡)

請求原因3記載の訴外会社と加藤との間において昭和四七年九月二三日売掛金の債権譲渡がなされ、その譲渡通知が昭和四八年八月七日なされたことは、〈証拠〉により認めることができる。

四(訴外会社と原告との取引、原告の債権額)

原告が訴外会社と製本請負の取引を行い、昭和四七年三月以降の代金請求権が別紙製本請負代金表記載のとおりであること並びにその代金支払のために振り出された手形が別紙約束手形一覧表記載のとおりであることは、〈証拠〉により認めることができる。

五(被告らの責任について)

1  訴外会社の内整理前の経営状況について

(一)  〈証拠〉(訴外会社第六期(自昭和四六年六月一日至昭和四七年五月三一日)決算報告書)〈証拠〉(同第五期(自昭和四五年六月一日至昭和四六年五月三一日)決算報告書)によれば、訴外会社の昭和四六年五月第五期決算期においては、営業成績はよくなかつたとはいうものの、一応金六一万六〇四五円の純利益を残しているのに対し、内整理開始後約一月半後の昭和四七年五月第六期決算期においては、以下の状況であることが認められる。

(1)  貸借対照表上

ア 流動資産全体としては、前期比で約一三パーセントの減少にとどまるが、受取手形、売掛金勘定の合計では前期比で約五〇パーセント・約八二〇〇万円減少し、全体としての減少比の低下は棚卸勘定の増加によるものである。

イ 固定資産には担保力のあるものとして見るべきものはなく、その合計もわずかに約八六〇万円にすぎない。

ウ 流動負債中では、支払手形は二六パーセント・約三七〇〇万円増の約一億八〇〇〇万円、借入金は一二三パーセント・約六五〇〇万円増の約一億二〇〇〇万円であり、流動負債全体としても二六パーセント・約七〇〇〇万円増加している。

(2)  損益計算書上

イ 売上高は前期比8.5パーセント・約三二〇〇万円増の約四億一〇〇〇万円にとどまる。

ロ これに対し売上原価は全体で前期比三六パーセント・約一億円増の約四億円に達している。

ハ その結果売上総利益は前期比八二パーセント・約七四〇〇万円減の約一五〇〇万円に止まり、利益率も前期23.5パーセントに対し3.8パーセントと大きく減少した。

ニ さらに、販売費、一般管理費も前期比四五パーセント・約三四〇〇万円増の一億一〇〇〇万円である。

(3)  以上の結果、最終的には約九九〇〇万円の欠損を生じている。

以上によれば、訴外会社の第六期の業績は、売上高に比して売上原価が極めて高率で、支払手形及び借入金の額も大きいこと、担保価値のある資産を有していないこと等から考えて、資金繰りが相当苦しかつたと推認され、単に手元流動性を欠いたというにとどまらず、経営上極めて困難な状況にあつたものと言わざるを得ず、この状況は決算時のみならず、その一カ月半前の内整理前においても同様であつたと推認できる。

(二) そこで、次に訴外会社が右(一)認定の窮状に陥つた原因について考えるに、前記二認定の事実によれば、訴外会社は第六期においては訴外西崎義展を中心として出版拡大方針をとつて人員を増加し、かつそれが失敗に帰したことを知ることができ、このことは数字の上でも、貸借対照表上受取勘定の減少、棚卸勘定の増加となつて表われ、また損益計算書上売上総利益率を極度に低下させた売上原価の増加となつて表われている。さらに、甲第三号証によりその細目を見れば、「ベストコミック」の発刊自体によつて約二〇〇〇万円、「れお」の発刊自体によつて約三九〇〇万円の合計約五九〇〇万円の損失を生じており、これに出版拡大に伴う人員増加のための人件費の増加分を加えると、その三者だけで第六期の損失の大部分を占めることが理解できる。一方、仮に第六期においても第五期と同じ利益率を維持できたとすれば、第六期の売上総利益は実際より八〇〇〇万円を超える額の増加が見込まれるのであり、この額は第六期の損失の大部分に相当する。

結局右によれば、訴外会社が窮状に陥つた原因は、端的に出版拡大方針の失敗にあつたものと認めることができる。

(三) 次に人事・労務管理面については、前記二の認定事実によれば、昭和四六年二月訴外西崎義展の採用以後、同人に対する反目もあつて役員間の協調態勢が崩れたこと、従業員の出勤状況の乱れや一部の者の不正行為等があつたことが窮われ、昭和四七年に入ると現場三役員が相次いで辞職の意向を示す一方、労働争議も生じるなど、人事・労務管理面も十全のものでなかつたことを認めることができる。

2  内整理前の被告らの責任原因について

原告主張の内整理前の被告らの責任原因は、

(A)  代表取締役又は取締役としての任務懈怠により訴外会社の経営状態を原告に対する製本代金支払の見込がない程に悪化させたこと

(B)  訴外会社が右(A)のような状態であるにもかかわらず、担当取締役が原告に対し製本の発注を行うのを放任したこと

(C)  会社の人事・労務管理面での監督を怠つたこと

の三つに要約でき、以下これらについて順次検討を加えていくこととする。

(一)  訴外会社の経営状態を悪化させたとの点(右要約(A))について

訴外会社が出版拡大方針に基く「ベストコミック」、「れお」等の新規の出版営業に失敗し、昭和四七年四月ころ経営危機に陥つたことは前記認定のとおりであり、右は取締役らの採つた経営方針が結果的に誤つていたことによるものと言える。

ところで、取締役の権限はいうまでもなく株主からの委託に基くものであり、取締役は株主の信任を得てその利益を擁護し、利潤を上げるべく善良なる管理者の注意義務をもつて任務を遂行するのであるが、かようにして与えられた取締役の権限は、一旦株主からの信任を得た以上会社の事業の運営について広い裁量権を有するものである。そして、業種による程度の差こそあれ、取締役は事業の運営に当り不可避的に相当程度の不確定要素を含む判断を迫られるのであり、かような場合に取締役が実際にした判断が結果的に適切でなかつたとしても、それが事業の特質、判断時の状況等を考え合わせて、当初から会社に損害を生ずることが明白である場合又はそれと同視すべき重大な判断の誤りがある場合は格別、与えられた経営上の裁量権の範囲内であれば、その出所進退の点は別として、取締役としての任務を懈怠したことにはならないものと解すべきである。商法二六六条ノ三はその要件として、取締役の会社に対する任務懈怠に悪意又は重大な過失のあることを挙げているが、その要件の内容は、前述のような取締役の経営上の裁量権の範囲を逸脱するような任務懈怠をいうものである。そこで、右の見地から本件を見るに、訴外会社の行う出版は、元々固定客相手の営業ではなく、旧版の維持販売のかたわら、常に新規の出版を繰り返えすことによつて読者の維持開拓をし、業績を上げなくてはならない形態のものであり、前記の新規の出版も右の読者の維持開拓を目差して行われたものであるが、それらが当初から失敗に帰することが当然に予想され、会社に損害の生ずることが明白であつたとかそのことについて訴外会社の取締役に明白な判断の誤りがあつたとかの点については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、従つて、事業上の失敗に被告らの責任原因を見出すことはできない。

(二)  会社の窮状下において製本の発注を放任したとの点(右要約(B))について

昭和四七年初めころ訴外会社は窮状下にあつて製本の発注代金の支払をなすについて相当困難な状態にあつたことは否定できない。しかしながら、一般に会社が窮状に直面した場合においても、代表取締役・取締役としては直ちに会社の業務を中止するべきものではなく、第三者に対する損害を著しく拡大することが明らかである等無謀の事態が予測されない限り、まず会社の経営の立直しと業績の回復に努めるべきであり、それが取締役の会社に対する善管注意義務の一内容をなすものと解すべきである。そこで以上の見地から本件を見るに、訴外会社は窮状下で衰勢を挽回しようとして営業を続け、遂に昭和四七年四月一四日に至り自力更生を諦め、債権者集会を開催してその措置を求めたのであるが、被告両名各本人尋問の結果によれば、その事態に至るまでの間被告らは手形の書換依頼に奔走し、かつ被告手塚においては自己の資産を提供して一億円近い資金を投入するなど最終段階まで会社の立直しに努力したことが窮われる。そして訴外会社の原告に対する発注は、従前とおおむね同じ内容の事業継続に必然的に伴う商品を作り出すための業務で、特に新規の取引ではなく、額も少額で、発注をなすに当つてことさらに詐欺的言動を行つた等の事実もないことを考え合せると、右四月一四日に債権者集会を迎えるまでの事業継続はむしろ当然のことと言え、その中止が遅きに失したものと言うことはできず、結局発注それ自体について被告らに任務懈怠があつたと認めることはできない。

(三)  人事・労務管理の監督を怠つたとの点(右要約(C))について

前記認定事実によれば、訴外会社の人事・労務管理について被告らに取締役として不手際があつたとのそしりを免れないにしても、これらの事実は、むしろ会社の経営状態が悪化したことに伴い発生し、それがさらに悪循還的に経営状態に影響したと言えるに止まり、それが直接的原因であると認めるに足りる証拠はなく、これらの事実と原告の損害との間には相当因果関係を認めることができない。

3  内整理後の訴外会社の状況について

前記認定の事実経過によれば、内整理後の債権者委員会において、訴外会社の経営は債権者委員会に委ねるべきものと決定されたことが認められ、〈証拠〉によれば、被告手塚は右決定に従い会社の業務から一切手を引いて原稿の作成に専念していたこと、被告今井は会社の業務の運営に当つたが、それは独自の権限に基くものではなく債権者委員会の監督の下、具体的には委員長代行であつた加藤の指示、許諾を得て運営していたことを認めることができる。かように訴外会社においては、内整理以後は従来の経営者がその経営権を奪われ、債権者らによつてその経営がなされていたものといえる。

もつとも、確かに原告主張のとおり、債権者委員会は何ら強制力を有するものではなく、また前掲各証拠によれば債権者委員会の出席率は次第に悪くなり、遂には委員長代行加藤一人がその監督に当つていたことが認められるけれども、これによつて直ちに訴外会社が債権者の管理外にあつたものということはできない。

4  内整理後の被告らの責任原因について

一般に取締役の責任原因を論ずるに当つては、当該取締役が実質的に関与でき、かつ自らの独自の判断の許された領域内の事項を対象として考察しなければならない。本件については、前記3認定のとおり内整理以後訴外会社の経営は債権者委員会に委ねられていたのであり、確かにこのような管理の下にあつても被告らが代表取締役若しくは取締役として在籍する以上、すべての責任から解放されるものではないが、少なくともかような管理体制を作るのに関与している当事者(本件においては内整理時における債権者)に対しては、取締役として業務執行についての責任を負うものではない。また、原告は被告らにおいて弱体化した債権者委員会を立て直す義務あるいは場合によつては債権者委員会を排除して自ら経営すべき義務があつたと主張するが、前者は委員会の一員であつた原告自身が負うべき性質のものであり、後者についても、債権者委員会委員長代行が現実に職務を遂行していたとの事実経過からすれば本件に妥当するものではなく、いずれも被告らの責任原因であるとすることはできない。

5  債権譲渡について

次に、原告は前記認定の債権譲渡の事実を被告らが原告に告知しなかつたことをもつて責任原因である旨主張する。

しかし、前認定のとおり、内整理以後は被告らは訴外会社の経営についての実質的権限を有しなかつたのであるから、そもそも内整理以後の時期になされた債権譲渡については責任原因を欠くものであるといえるとともに、右債権譲渡は昭和四七年七月一七日になされたものであるが、その対抗要件である通知がされたのは訴外会社に不渡が発生した後の昭和四八年八月七日であつて、債権譲渡は訴外会社の不渡の原因となつたものではなく、かつその後の破産手続において財団にすべて返還され、最終の弁済(配当)額にも影響を与えたものでもないから、原告の損害との間に因果関係を欠くものである。

6  以上1ないし5のとおり、結局被告らには内整理の前後ともに任務懈怠に基づく責任を認めることはできない。

六結論

よつて、その余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田二郎 久保内卓亜 内田龍)

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